研究紹介

はじめに 微生物生態学と水環境工学の融合で持続可能技術へ

 「カーボンニュートラル」「持続可能社会」 これらは生態系から大きくはみ出してしまった人間社会を再び生態系の中に戻すためのキーワードです。その実現のため、伊藤研究室で、水インフラや水質浄化のための様々な施設の微生物技術を研究しています。そこでは微生物は、活用されたり、あるいは抑制・殺菌されたりする対象です。他方、微生物はすべての生物と関係しているため、社会と生態系を繋ぐ存在でもあります。解析技術の進歩に伴い微生物の科学的知見が増える一方、未知・未解明のことも増えて、微生物は可能性に溢れているのです。私たちは、未知の微生物機能、微生物の制御因子、微生物と環境、微生物と他の微生物や生物との関係を研究し、水環境や人の衛生環境を守るための持続的な微生物制御技術に発展させることを目指しています。


持続可能技術の社会適用

東日本大震災から10年の節目に水道強靭化を考察

水道産業新聞2021年7月5日記事に一部加筆

 バイオミミクリー(Biomimicry、生物模倣)という言葉がある。自然や生物の構造や仕組みを真似たり、そこからヒントを得たりして問題解決に生かすことである。私はここで緊急時対応に関わる細胞の仕組みを紹介したい。生物にとっては種として生き残ることが最重要事項である。生き残ったものが強く、生き残った仕組みが強靭な仕組みである。38億年の試行錯誤の結果を細胞に見ることができる。

 細胞の中でDNAは設計図と称されるように生物を特徴づけるあらゆる情報を有する最重要構造物である。比較的丈夫な構造物であるが、それでも異常がないか常時点検され、損傷が発見されれば即修復される。基幹部分を常に万全の状態に維持管理することで、異常時に備えているのである。一個人のどの細胞にも同じDNA、同じマニュアルが完備されている。全国のどの水道事業体でも、各々に合った使い方で、状況に応じた使い方ができるような膨大なマニュアル。それを厚労省が用意することは大変なことであるが、生物はそれをDNAに持っている。

 細胞内にたくさんあるATPはエネルギーを蓄えた小さなバッテリー分子である。ATPのエネルギーは半分まで使われて残量半分から満充電されてまた使われる。この回転が非常に速い。ATPは細胞内の隅々まで供給されて活動源となっているため、正に水道水である。ATPを真似ると時間給水量に対して水道施設の回転率を最大限高めることが基本方針になる。至る所に常に十分な残量を確保することで緊急時対応を容易にする。そしてこれは回転率向上のための規模の適正化とセットで整備することが要件である。

 細胞内では基本構造が同じ類似構造物が全く異なる機能をもつ。取水も浄水も輸送も貯留も65%程度の構造を共通化できれば、修理や機能転換が迅速かつ低コストで可能になる。

 大災害で致命傷のときにどうするか。細胞はエネルギーの使い方の優先順位を大転換して生き残るための修復に全力を注ぐ。上述したような準備があればこそ実行できる。「水道システムを捨てても人々に水を供給する。生き残りさえすれば水道システムはあとで作り直せばいい。」それくらいの覚悟の大災害時のマニュアルが用意できれば細胞並みということになる。

 細胞や生物から持続可能な姿や仕組みを学び、その内容を概念に留めず、具体的な適用まで考えたい。細胞や生物の部分部分ではなく、できるだけ大きなシステムとして捉えて全体的な適用を考えたい。最適解はそれほど多くないはずである。


上下水道のカーボンニュートラルへ向けた提言

水道産業新聞2022年1月1日記事

 「カーボンニュートラル」、産業界においてこれほどまでの難題はあったのであろうか。いつの日か人類はこれを過去に乗り越えた課題として歴史を振り返るのだろうか。あるいは理想概念に留まるのだろうか。節電、節水、省エネ、環境配慮型、持続可能、循環型などはいずれも到達点が明示されたものではない。持続"可能"や循環"型"には解釈の余地がある。その方向に向かうことができる。方向性が一致していれば"~可能な"や"~型"と表現できる。それに対しカーボンニュートラルは厳しい。実質ゼロが付帯され、糖質ゼロのように小数点以下の有効数字が示されていないことで若干の緩さはあるものの、CO2排出削減をいくら進めたところでカーボンはポジティブのままであるから、ニュートラルにするには最初からCO2 "吸収"の推進が必須になる。カーボンニュートラルは、CO2排出の拡大に無意識的に富と幸福を重ねてきた社会に、そのCO2排出と同程度のCO2吸収を求めているのである。

 単純に考えればCO2吸収の推進に対して今度は意識的に富と幸福を重ねていくことで実現できることになるが・・・。Go To CO2吸収と称したGo To 植樹やGo To 畑、〇万円のCO2吸収クーポンと称した野菜券や果物券や薪券だろうか。さらに進めれば、森林から河川を通じて海域までの生態系全体の活用になるだろうし、樹木以外の光合成生物や水素細菌など化学合成独立栄養微生物での物質生産を各種処理プロセス(排水処理、汚泥処理、廃棄物処理)の中で実現することも真剣に進めなければならない。

 水道事業ではどうであろうか。カーボンニュートラルな水道事業とはどのようなものであろうか。どのプロセスで炭素吸収を進めるのであろうか。再生可能エネルギー利用率10%超えの事業体は数えるほど、ほとんどの事業体の再生可能エネルギー利用率は1%未満(ほぼゼロ)。配水量1m3当たりのCO2排出量は大規模事業者にスケールメリットがあるためか財政上の理由か、人口50万人以上の事業体の排出量は人口3万人以下の事業体の排出量の半分である(中央値の比較)。但し、小規模の事業体は省エネ設備への転換や広域化や施設統廃合などを今後進めることによるCO2削減ポテンシャルは大きいのかもしれない。

 以上は水道事業の業務指標のデータを基にしたが、カーボンニュートラルに必須の炭素吸収に関わる業務指標はない。水源林となる森林の管理運用と連携したCO2吸収を推進するような業務指標が必要である。CO2吸収量の多い事業体(促進可能事業体)が少ない事業体にCO2吸収量を与えることでCO2吸収量を複数の事業体連携で評価することを可能にする。CO2吸収の少ない中規模事業体がCO2吸収の大きい小規模事業体と連携したり、小規模事業体でCO2吸収の少ないところは隣接する事業体に取り込んでもらったり、あるいは大規模事業体が遠隔のたくさんの小規模事業体と連携したりするのかもしれない。

 CO2排出権取引のイメージであるが、国内水道事業体同士なので様々な連携への足掛かりになれば良い。数字合わせなので連携事業体同士は隣接していても他県でも良い。流域圏で考えるとどうしても隣接自治体同士の関係性の問題もあると思われるが、たとえば東北の事業体と関西の事業体のように流域圏を越えた連携も可能である。日本の水道事業全体でのカーボンニュートラルを実現するためには少なくともこの程度の制度設計は必要ではないだろうか。

着色廃水の脱色浄化技術、染料汚染河川の汚染度と自浄作用


染色廃水を微生物で脱色浄化する技術を研究開発している。染色廃水は世界ではオイルとパルプに次いで環境を汚染している廃水である。着色の原因物質である染料は一般に生物分解が困難。分解されても発がん性物質が生成される可能性もある。

では、排水規制などにより排水がきれいに処理されるようになれば写真BやCのように汚染されていた河川はすぐにきれいになるのだろうか? いや、年単位の時間を要する。河川水はきれいにみえても河川底質には着色原因物質やその分解産物が蓄積しているため、それらが底質の微生物群により分解され低減されるのを待たなければならない。

それにしてもすごいのは底質の微生物群である。染料に汚染されている間は染料分解微生物が登場し、それも染料汚染に見合うだけの数と活性をもって存在しているが、染料が少なくなると今度は染料分解によって生成された芳香族アミンを代謝する微生物が現れる。そうして分解が進行し蓄積量が減少すると、その芳香族アミン分解微生物も減っていく。もちろん底質の微生物種はこれら以外にも多種類存在し機能はほどんど未知であるが、研究の結果、一部の微生物はこのように人為的汚染に対応して登場し、3年かけて変遷していく様子がみえた。河川水からは見えない川底にいる微生物の自然の営みである。

写真の説明: 河川に放流される前の染色工場廃水の処理水(写真A)。その染色排水が河川水に流れ出ていく様子は煙突から黒い煙が立ち昇るよう(写真B)。着色した染色排水が川を染めていく様子(写真C)。染色工場の上流側では水中には希少種ミクリが見られる(写真D)。染色工場廃水が微生物で脱色されていく様子、左から右へ時間の経過を表す(写真E)。純粋分離した複数種の微生物(番号が分離株番号)により染料を脱色させた後の着色水、色の濃さの違いは各微生物の脱色能力の違いを表し、元の着色水の色は右端の14番に近い(写真F)。

Ito T, Adachi Y, Yamanashi Y, Shimada Y, Long-term natural remediation process in textile dye–polluted river sediment driven by bacterial community changes, Water Research, 100: 458–465. (2016) doi:10.1016/j.watres.2016.05.050

Ito T, Shimada Y, Suto T. Potential use of bacteria collected from human hands for textile dye decolorization. Water Resources and Industry, 22, 46-53. (2018) https://doi.org/10.1016/j.wri.2018.09.001

伊藤司、武関公世、湯本将大.難分解性着色物質の生物学的脱色促進条件に関する検討.土木学会論文集G(環境)67(7): Ⅲ661-Ⅲ668. (2011)

MiBos(マイボス) 超小型マイクロバブル発生装置


超小型で省エネルギーな新規な微細気泡発生装置の開発。微細気泡発生装置MiBos(MiBos:Microbubble generater using an oscillating mesh)と、MiBosから霧のように微細な気泡が生成されている様子が写真左。中央の写真はその拡大、右端の写真は微細気泡を顕微鏡撮影したもの。100ミクロン以下の微細な気泡が多数見られる。わずか1分あたり数ミリリットル程度の流量で多数の気泡を連続的に発生させることができる。空気、メタン、水素、オゾンなどあらゆるガスを利用できる。MiBosは、研究室のボスが研究室の雰囲気をつくるように、微生物群の雰囲気づくりをするMicrobes' Bossという意味も。果たしてどんな雰囲気なのか調査中。

群馬県次世代産業研究シーズカンファレンス2015 にて発表(資料リンク切れ)

JST 首都圏北部4大学発 新技術説明会 (2014年6月19日)にて発表(資料リンク切れ)

研究室紹介(4u連携事業のHPより)(資料リンクあり)
  気体を微細化 空気以外も ~ 小さい 制御しやすい ~ 様々な分野へ

伊藤 司.細胞外多糖類の生成を抑制する超小型微細気泡発生装置.書籍「微細気泡の最新技術 Vol.2 ~進展するマイクロ・ナノバブルの基礎研究と拡がる産業利用~」内 第5章第1節 p223-230, エヌ・ティー・エス出版 (2014)

伊藤 司.穏やかに培養して高活性化させる微細気泡発生装置MiBosバイオリアクターの開発.日本微生物生態学会誌 27(2):72-74. (2012)

ストレスマネージメント


ストレスマネージメントにより微生物全細胞を統制する。栄養や酸素や空間などが不足して微生物の個々の細胞がストレスを感じると、それに抵抗する手段の1つとして集団形成(バイオフィルム形成)する(図中のB)。バイオフィルム状態は外的ストレスに強いため、人間にとっては制御が難しい状態である。微生物のストレスマネージメントにより、人間が微生物を制御しやすい状態(図中のA)へと導く。

自然界の微生物の機能発掘


土壌、河川、沿岸域(上の写真は汽水域)、微生物を単に分解者としてのみ位置づけていると説明できないことが多い。微生物が存在しているということは、そこで微生物が生き残りをかけた生き方をしているということである。一体どんな生き残り戦略があるのか。現在の生態系は微生物の種の存続戦略とそれを含み取り囲む生態系がせめぎ合いを続けて到達した結果なのであろう。この結果としてある今の生態系も変化し続けているのであろうが、その変化をとらえるにはその変化は小さすぎそして人の命は短すぎるようである。我々に見えるのは穏やかそうなこの生態系の一瞬である。1年という一瞬、10年という一瞬、100年という一瞬・・・。・・・今まで認識していなかった微生物機能の発掘の結果、水環境問題の解決に向けたアプローチも変わってくる。

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