研究紹介 その他

大事なものほど見えにくい

「栄養過多」「個体数の急増」「異常行動」 これらは人間社会のことを言っているのではありません。微生物(バクテリア)の世界で起きる社会現象のことです。これが食品中で起こると人間に対して食中毒を引き起こします。 食品中の栄養豊富な環境で、特定の微生物の個体数が急増し、毒素が産生され、それを食べた人間が食中毒になるというわけです(他のケースもあります)。食中毒の原因となる微生物の多くは自然界に広く分布していて、土壌や河川などの自然環境中ではこのような現象は起きません。自然環境中は微生物にとって決して栄養豊富ではありませんし、特定の微生物の数が突出することもないからです。自然環境中における微生物の世界は多種多様な微生物が共存してバランスがとれた社会なのです。

人間はご飯を食べて体の中でエネルギーを生み出し、体を作りますが、バクテリアの中にはアンモニアからエネルギーを作り出し、二酸化炭素から体を作る微生物がいて硝化細菌とよばれています。硝化細菌は排水処理等で活躍する微生物で、熱帯魚を飼育する水槽の中でも水質浄化を担っています。 さて、生きるということは食べること、呼吸をすることと同時に、排泄すること、死ぬことも伴います。排泄物や死骸が生活環境中に蓄積していくことは好ましくないので、人間社会において排泄物は下水処理場や浄化槽で処理され、人が死んだら火葬場で焼かれて気体や灰となり、残った骨はお墓に行きます。硝化細菌も生き物ですから排泄物(代謝物)を体外に出しますし、死ぬこともあります。代謝物や死骸が硝化細菌の周辺に蓄積していくことも好ましいことではありません。

アンモニアを食べる硝化細菌(黄色、点線囲み)と、共存するその他の微生物(緑色)の顕微鏡写真.  蛍光遺伝子プローブにより細菌を染色しているため異なる種類の微生物を色分けして観察できる。

それでは硝化細菌は下水処理場や火葬場を持っているのでしょうか?実は硝化細菌と同じ空間を生きている様々な微生物がその役割を分担しています。硝化細菌の代謝物をまず分解してくれる細菌。その後さらに分解する別の細菌。一方、死骸の分解を主に担うさらに別の細菌。様々な異なる種類の微生物が役割分担をして硝化細菌と共存することにより、安定した微生物社会が形成されているのです。 このようなことは放射性同位体炭素というもので微生物の食べ物にマーキングして、そのマークを追跡することと、これと同時に遺伝子レベルで微生物を分類しながら検出することにより明らかにできます。

着色水(染色工場廃水)の微生物による脱色技術. 写真左から右へ脱色が進行

ふつうには見えない微生物の社会構造が私たちの身の回りの様々な環境中でどのように機能しているのか、それを推測できること、実験的に調査できることが研究室の強みです。そして、微生物の社会構造に関する理解から発展させた新しい環境技術を研究開発しています。

水の色を評価する.水の色の濃淡を評価することは一般に難しいが、たとえば写真の下段から上段へ(とても濃い、濃い、うすい、とてもうすい、ほとんど無色)、色が異なっていても人間の視覚による印象(濃い、うすい) に合うような評価方法を研究.

病気や食中毒など、微生物に対する人間の印象はあまり良くないかもしれませんが、微生物全体からみると病気の原因となる微生物はごく一部であり、病原性は微生物の性質の一面でしかありません。また微生物の存在なくして人間は生きられません。人類の幸福のためには微生物との調和が必要なのです。微生物の多 くは集団としてゆっくり生活しています。微生物の社会構造を理解し、微生物の社会環境を人類との調和型にデザインする技術開発が持続可能な人間社会の構築の「鍵」になると考えています。 「大事なものほど見えにくい」私たちのまわりにあたりまえに存在していて気づきにくい大事なもの。水、何気ない自然環境、それを支える微生物。それらの役割が全て手に取るようにわかるようになったら、私たち人間はどんな日常を送ると思いますか。

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